薄板ガラスの切断

はじめに

 実験をやっているとスライドガラスやカバーガラスを適当な大きさに切断したくなることがあります。また、ITOなどの透明電極ガラスも10cm角で供給されるので、小さな液晶セルを作る時には適当な大きさに切断する必要があります。また、石英ガラスは紫外領域まで透明なので、分光測定の基板として用いることがあるのですが、高価なため、必要な大きさに切断して使うことも普通です。

ガラスの切断はガラス切りでガラス表面に線を入れて二つに割る作業なのですが、ホームセンターなどで売っているガラス切りは、スライドガラスやカバーガラスなどの薄いガラス板の切断には適していない物が多く、思ったように切れないことがあります。そこで、薄板ガラスの切断に限って、どのようなガラスカッターが適しているのかを紹介することにしました。このような背景の話ですので、ステンドガラス制作や日曜大工で2mm程度より厚いガラスを扱う方には、あまり参考にはならないと思います。もっとも、それらのガラスに適したガラス切りはホームセンターで普通に売られていますので、ガラス切りに困ることも少ないとは思います。

ガラスカッターの種類

 薄板用ガラスカッターを紹介すると記しましたが、理由の説明もなしに商品だけ紹介するのは趣味ではありませんので、まずは、ガラスカッター全般について少し説明することにします。

ガラスカッターの全体

ガラスカッターは、先端にガラスに切り線を入れるための刃のついた道具です。ガラスカッターには、固定したチップが付いたタイプと、回転ローラーが付いたタイプがあります。古典的なガラス切りはチップタイプで、それを使いこなせば、見た目も格好良いのですが、ガラス切りの角度をきちんとあわせなくてはいけないとか、衝撃を与えるとチップの先端がかけるので注意が必要など、扱いに習熟を有するところがあります。一方、回転ローラータイプは、左右の傾きには気を付ける必要はありますが、前後は特にあわせる必要がなく、また、衝撃でチップがかけたりもしにくいので、扱いが楽です。気楽にガラスを切りたいなら、回転ローラータイプを選ぶのが良いと思います。

 ガラスカッターのヘッドは幅の広いものと狭い物があります。広いものは直線切り用で、定規との組み合わせで安定性よく使えます。

直線切りヘッド

 細い物は曲線切り用ですが、別に直線を切ってはいけないというわけではありません。また、幅が狭いために、ガラス切り作業時にホイールが見えるので好む人もいるみたいです。

曲線切り刃先

 チップタイプも、ローラータイプも、刃先に種類があり、切断するガラスの厚みに推奨範囲があります。ガラス切りの最大のポイントは、自分の切りたいガラスの種類と厚さに適したガラス切りを使うことです。この選択を間違えると、切り損なったガラスの山を作ることになります。実際、だいぶ前の事ですが、液晶パネル用の薄板ガラスをホームセンターで買ってきた硝子切りで切ろうとして、誰一人きちんと切るのに成功せずに断念したことがあります。

。ガラスカッターの推奨切断ガラス厚範囲はガラスカッターの刃先角度と回転ローラーの直径に依存しています。刃先角度が小さく、またローラーの直径も小さい方が、推奨ガラス厚は薄くなります。もっとも、ローラーの直径の方は、通常のガラスカッターではほとんど変化しませんので、刃先角度が一番重要な要素となります。ホームセンターで普通に売っているカッターは数mm程度の普通のガラスを切断するもので、刃先は135度程度の緩い角度になっています。下の写真に示す物が、ホームセンターで普通に売られているローラータイプカッターの刃先です。

TC10

 これに対して、カバーガラスなどの1mmより遙かに薄いガラスを切断するためのガラスカッターは、より鋭い刃先である必要があります。ホームセンターでも1mm程度のガラスに適合する刃先角度が114度のカッターを見かけたことは一度だけあるのですが、普通は置いていませんし、ましてや、1mmより遙かに薄いカバーガラスに対応したカッターを置いてあるのは見たことがありません。

PTC30C

 この写真は0.1mm程度のガラス用カッターで、刃先角度は100度です。上のホームセンターで普通に売っているカッターに比べると、刃先角度が遙かに狭いことが見て分かるかと思います。売っているお店は、後ほど特殊刃のところで紹介します。

ガラス切り作業

 先に進む前に、ガラス切り作業がどのようなもので、何を注意すべきかをFletcher-Terryの"The Cutting of Glass"の内容に沿って簡単に纏めておきます。英語に堪能な方は、そちらを直接見られた方が正確な内容を理解出来るのでお勧めします。

 ガラス切りはガラスを実際に切断するものではなく、ガラスに切り線を入れるための道具です。切り線はガラスの表面に垂直に厚さ方向に入った小さな亀裂で、英語ではFissureという用語を使っています。Fissureが入ると、亀裂の部分の面が光を反射するようになるので、後ろの斜め手前から光を入れれば線として輝いて見えます。ここで重要なのは、切り線を入れた後で、ガラス表面にガラスの小片や粉があってはいけないということです。もし、ガラス表面には、ぎざぎざした白い線がはいているなら、それは、削り取った溝(gouge)やひっかき(scratch)であって、Fissureではありません。GougeやScratchが入ってしまってもガラスを割る事は出来ますが、その場合には切断面が欠けたような状態となりガラス板としての強度が低くなります。

Fissure

 上の写真がFissureの状態を上から見たところです。線が一本入っているだけで、これで大丈夫なのか不安になるかもしれません。しかし、ガラスを傾けて斜めから見てみると、ガラス板の内部にヒビががまっすぐに入っているのが分かります。下の写真は上の写真と90度方向が違っていますが、同じ切り線をガラス板をかなり傾けた状態で見た物です。

FissureOb

 力を入れすぎるとFissureのような細い線でなく、両側にヒビが入ったScratch状態になります。下がScratchの写真です。真中の切り線に加えて両側に線が入っています。これは、切り線部分から両側にヒビが斜めに入って生じたものです。また、ガラスの欠片がいくつか見えています。

Scratch

 この状態を斜めから見ると、割れ目があまりきれいに入っていないように見えます。また、深さ方向ではなく、横方向に亀裂が入っているのも見て取れます。

OblicScratch

 Fissure状態のものでも、Scratch状態のものでも、一応はガラスは割れます。ただし、切断面を比較するとFissureの方がきれいです。

FCO

 写真はFissure状態から折った断面です。右側がカットした側。ほぼ一定の深さで割れ目が入っています。少し白く見えているのが割れ目の先端位置で、右側の白い線が表面で、少しは散乱が生じています。

 Scratchからの折り面は、より乱れています。右側にヒビの入った跡が見えますが、Fissureの場合ほど深さは均一でなく、波打っています。また、表面の散乱も強く、不均一であることが分ります。

cfs

 ガラス強度の問題に関しては、スライドガラスを切断して実験用の液晶セルや試料の基板に使う場合に強度が問題になることは少ないので、見苦しさを抜きにすれば実用上は問題ないかもしれません。とはいえ、きれいな断面が出来るなら、その方が遙かによいでしょう。

 ガラス切りでは台も重要です。台の表面は、平らで硬く、汚れがない状態であるべきです。台の上にScratchで生じたガラスの粉などが散らばっていると、ガラスをその上に置くと食込んだりして後々のトラブルの元となります。台の表面は埃も払っておく必要があります。表面を簡単にきれいに出来るように、紙などを置くのは悪くない工夫です。紙は使い捨てになりますが、使い捨てでないものとしては、厚さが1.5mm以下のフェルト生地がFletcherの小冊子では推奨されていますがこれは、一般的な厚さで大きさのガラスの場合で、カバーガラスの切断時などは1.5mmのフェルトは厚く柔らかすぎて不向きだろうと思います。。

 台の上にガラスを置いて切断しますが、切断線を入れる面は、汚れが残っていてはいけません。汚れの部分は汚れにエネルギーが吸収されるので、他の部分とFissureの状態が異なってしまう危険性があります。切断前に汚れやほこり等を落としておく必要があります。

 ガラスカッターのホイールが引っかかることなく回るのを確認してガラスに当てて表面にFissureを入れます。このときカッターが左右に傾かないように気を付けます。左右に傾きが生じると、ホイールの両側で刃が異なる角度でガラスに接することになり、一方にガラスの粉が生じて、反対側はFissureがうまく入らないような線となってしまったりします。

 ガラスカッターはガラスの一方の端から反対の端まで同じ速度・力で線を引きます。ガラスの終端を意識すると、その前で力や速度が変わってしまうので、端があることは無視して、そのままガラスのエッジから落ちるまで線を引きます。このとき、ローラーは切断台と衝突することになるわけです。切断台は硬い物がよいとされていますが、硬すぎるものは考え物のように思います。あるいは、ガラスの端に同じ厚さの物を並べて、そちらの上で止めるようにしてもよいかと思います。

 ガラスカッターは手前に引いても、向かいに押しても良いそうです。やりやすい方を選んで下さい。また、カッターの移動速度が速いほど、力を弱くしないとFissureではなくScratchになりやすいそうです。

ガラスカッターの選択方法

 ガラスカッターの刃先角度が小さいほど、弱い力でガラスにFissureが入ります。しかし、刃先角度が小さいと側面側に押す力も強く入るようになるため、弱い力でScratchが入るようになります。刃先角度が大きいとFissureが入りにくくなりますが、それ以上にScratchも入りにくくなるため、強い力で作業を行うと、刃先角が小さなものより深いFissureを入れられます。

 Scratchが生じない範囲で、もっとも力を入れてFissureを入れます。もし、Fissureが入る前の力で、ガラス板が負けて割れてしまうようなことがあったら、それは使っているカッターの角度が大きすぎるので、より小さな角度のカッターに替えます。すると、Fissureが入る力が小さくなり、ガラスを割る事なく、Fissureを入れられるようになります。一方で、Fissureは入っているのに、ガラスがうまく割れなかったら、それは、Fissureの深さが足りなかったので、より角度の大きなカッターに替えます。すると、Scratchが入るまでに、より大きな力をかけられるようになり、より深いFissureが入れられるようになります。

 これが、Fletcherで紹介されたカッター角度の選択方法なのです。でも、一から自分で試す必要はありません。個々のガラスカッターについて適合するガラスの厚さ範囲をきちんと書いているメーカーや店舗もありますので、その値を見てまずは使うべき品を選びます。ただし、硬質ガラスと軟質ガラスでは、Fissureの入り方も違います。単純に厚さだけではなく、使っているガラスの種類にも気を配る必要があるかとは思います。

 カッターのホイールの材質には、鋼(はがね)系のもの、タングステンを使った超硬合金のもの、焼結ダイヤモンドの物があります。国内の会社の製品は超硬か焼結ダイヤがほとんどのようです。どの品物も、他の条件が同じなら初期の切れ味は変わりません。しかし耐久性は硬度に依存し、鋼系より超硬、超硬より焼結ダイヤの方が長持ちします。価格も鋼系より超硬が高く、焼結ダイヤはさらに高くなります。ものすごく多量のガラスを処理するのでなければ、入手性も考えると超硬の物がよいかと思います。

 普通のスライドガラスの切断でしたら、最も安価なものは刃先角度が114度のFletcherの鋼製カッターです。切る枚数が限られているなら、この品で十分です。もう少し耐久性の高い物が欲しかったら、Fletcherの114度の超硬製のものか、Toyo、三星、日研とも刃先角度125度のものが薄板用として売られていますので、どれを選んでもスライドガラスには十分な性能を持っています。

フレッチャー114度刃

 カバーガラスを切断したい場合には、刃先角がより狭い、100度程度のカッターの方が適しています。個人的に試した限りでは、114度や120度刃先のカッターでは、カバーガラスに筋を入れようとするとカバーガラスが負けて割れてしまいます。現時点で、日研が100度刃先のカッターを出しています。焼結ダイヤの製品と超硬の製品があります。超硬の製品は125度刃より、少しばかり高価ではありますが、十分に良心的な価格だと思います(かつて、別の会社から出ていた100度刃の品は、125度刃に比べてかなり高価でした)。値段は普通刃より高くなりますが、次の特殊刃のカッターにもカバーガラスの切断に適した物もあります。

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特殊刃製品

 ガラスカッターには、通常のホイールではない特殊刃の製品もあります。これらの製品は、普通のホイールより高価ではありますが、高価なガラスを切断する場合など、歩留まりの向上を考えると、非常に魅力的な選択子となります。特殊刃には三星ダイヤのペネットとアピオ、日研ダイヤのレーザーホイール、ドイツボーレ社の製品などがあります。これらの品は、ホイールの外周に溝が入ったものです。特殊刃には、この他に、ホイールの内側に溝があるToyoの振動刃もありますが、これは、厚板ガラス用ですので、ここでは取上げません。

 特殊刃製品は元々は工業用に開発されたもので、2008年頃までは一般には入手困難だったのですが、その後、一般向けに販売を始めた店(ステンドグラスサプライ)が現れ、普通に買える品物となりました。他にも、部分的に、特殊刃のカッターを扱っている店もありますが、幅広いラインナップで、個人相手に販売しているのは、この一店舗のみなので、そこがやめてしまうと、一気に入手困難な状況に戻る危険性はあります。なお、ステンドグラスサプライさんでは、特殊刃の他、100度刃のカッターや、硬質ガラス用でパイレックスチューブに使えるチューブカッターなど、他では入手困難なカッター類をそろえています。

ペネット

 ペネットは、外周にぎざぎざの入ったホイールで、ハンドカッターとして3種類販売されています。

ペネット

マイクロペネット(S)の対応厚さは0.05〜0.4mm、標準のペネット(P)が0.4〜3mm、厚物用のペネット(H)が3〜15mmに対応しています。三星のカタログには、この3種類以外の刃先も記されていますがハンドカッターには3種類の刃先が標準品として供給されているようです。マイクロペネットは焼結ダイヤしかありませんが、PとHは焼結ダイヤと超硬の製品があります。SとPとHでは外周のぎざぎざの数と刃先角度が異なります。

P-Penet

上の写真はPペネットの側面、次の写真が正面です。

P-Penet正面

刃先角度は測定では120度でした。Hペネットの刃先角は140度、マイクロペネットは105度程度のようです。

アピオ

アピオも外周にギザギザが入ったホイールですが、ペネットのように窪みが作られているのではなく、細かい切込みのような外観です。

アピオ

アピオは三星のWeb上は、0.8mm〜4mm対応のP、4〜12mm対応のH、12mm以上に対応のHHの3種類がありますが、ステンドグラスサプライさんではPのみを販売しています。アピオも焼結ダイヤと超硬の品があるようです。

 

P-Apio

写真はPアピオを横から見たところです。ペネットのような凸凹は見えませんが、よく見ると刃先に小さな切り欠きが入っています。また、刃の幅が狭く見えることから、刃先角度が大きそうなことが分かります。

P-Apio正面

正面から見ると、ぎざぎざの模様ははっきりと見えますが、ペネットに比べると小さな物になっています。刃先角度はペネットが120度ほどであるのに対してアピオは140度もありました。これは、普通のぎざぎざがないホイールなら2〜3mm程度のガラス板厚に対応する角度です。一方のペネットの120度は0.7mm程度に対応する角度です。アピオの切断面がきれいになる理由の1つは、この大きめの刃先角度にあるのかもしれません。刃先角が大きいため、Scratchになりにくくなっています。しかし、切り欠きのない刃とは違って、ホイール径が実効的に小さくなっているためにか、0.8mm程度のガラスまで対応出来るようになっています。しかし、Fissureを入れるには、ペネットなどより力が必要で、このため、切れ味が悪いと評価されることもあるようです。なお、アピオは、カバーガラスの切断には向いていません。

レーザーカッター

日研ダイヤのレーザーカッターは、刃先に周期的に溝が入ったカッターで、ステンドグラスサプライでは刃先角度120度のものと110度のものが販売されています。

レーザー

レーザーカッターの対応厚みはWebでは0.03mmから1.5mm、硬質板は0.3〜6.0mmとなっています。一般には、刃先角度がきついほど、薄板用となりますが、特にそれぞれの刃先角度毎の適用範囲指定はないようです。

刃先角度120度の製品は、Pペネットと対応ガラスは同等であるように感じています。普通のスライドガラスや、ITO透明電極付きガラスの切断でしたら、120度の刃先角の物がよいように思います。一方、顕微鏡カバーガラスの切断に関しては、切断は可能ですが、Pペネットと同様に、ミスも生じます。

刃先角度が110度のものは、120度のものより顕微鏡カバーガラスの切断に適しています。弱い力できっちりと切り線が入り、切り線を入れると、切り線を境に微妙にカバーガラスの傾きが変わっているのが見えます。カバーガラスの切断に関しては、マイクロペネットも悪くないのですが、マイクロペネットはかなり高価になります。その点、110度のレーザーカッターは120度と同じ価格なので、かなり気軽に購入出来ます。。

LaserSide

Laser正面

溝のタイプはアピオと似ていますが、より深く入っています。日研ダイヤのWebによると、超硬の製品と焼結ダイヤの製品がありますが、両者ではぎざぎざの入り方が異なった写真が掲載されていて、焼結ダイヤの方は、単純な溝ではない形状に見えます。ただし、実物での確認は行っていません。また、ステンドグラスサプライさんでの取り扱いもないので、入手は直接メーカーに問い合わせる必要があります。

ボーレカットマスターPlatinum

ドイツのボーレ者から出ている特殊刃製品です。

ボーレ

ステンドグラスサプライさんで取り扱いがあります。

ボーレ

溝のタイプは、三星とも日研とも異なっています。刃先角度は125度ですので、基本的には、普通のペネットや120度のレーザーカッターと同じ用途と考えておけば良いだろうと思います。

      

2018年1月28日 修正