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ベレックコンペンセータによるリタデーション測定

ベレックコンペンセータ

ベレックコンペンセータはリタデーション量可変の位相差板で、偏光顕微鏡との組み合わせで試料のリタデーション測定に用いる器具である。ベレックコンペンセータは光学的1軸性物質で作られた平行平板で、光軸は平板に垂直方向になっている。このため、顕微鏡の光軸に対して面を垂直に光路に入れてもリタデーションは生じないが、平板を顕微鏡光軸に対して傾けると角度に応じてリタデーションが生じるようになる。

 


Fig. 1 ベレックコンペンセータ

 ベレックコンペンセータは顕微鏡のスロットホルダーに挿入して用いる。写真で示したものはオリンパスの旧型用のもので、POSへの装着は確認しているけれど、それ以外の機種については未確認である。使用している顕微鏡がDIN規格のスロットホルダーを持っているなら、DIN規格のコンペンセータをそのまま使えるだろうと思う。ニチカがDIN規格のベレックコンペンセータを販売している。
 ベレックコンペンセータは0〜60程度の目盛りがふってあることが多く、30付近でコンペンセータの光軸が顕微鏡の光軸と平行になり、コンペンセータ自体のリタデーションは発生しない状態になるように作られている。コンペンセータの目盛りを微調整して視野が暗くなるようにし、その後サンプルをいれて、消光位を捜した後サンプルを45o回転してもっとも明るい状態にする。それからコンペンセータの目盛りを回転すると、見えている偏光色がリタデーションが小さい方向か大きい方向に変化する。小さい方に変化する場合には、そのまま目盛りを回転し、試料のリタデーションとコンペンセータのリタデーションが打ち消す角度にして、その時の値を読み取る。続いて反対側に回して消光する角度を求めて値を読み取る。2つの値を用いてリタデーションの計算を行う。もし、コンペンセータのノブを回して偏光色が可算的に変化したなら、試料を90度回転する。あとの手順は減算的に変化した場合と同様である。
 コンペンセータには、方解石のような負の1軸性結晶が使われているものもあれば、フッ化マグネシウムのような正の一軸性結晶が使われているものもある。このため、回転する方向に対して屈折率が大きくなるかはコンペンセータにより異なっている。どちらのタイプであるかは、コンペンセータに記してあるZ’軸方向を見れば確認できる。
 コンペンセータ単体でノブを回すと、視野内で帯状に色が変化していくのが見て取れる。このことは、コンペンセータの補償値が視野内で均一でないことを示している。コンペンセータを使う時は、十字線の入ったものなど、必ず視野の中心を明示的に確認できる接眼レンズを用いて、その場所を補償するようにする。なお、色調が帯状にとしるしたが、正確には同心円の一部を見ている。このため、相殺するリタデーションが100nm程度以下で小さい時には、同心円の中心付近での消光となるため、消光状態となるのが線ではなく点に近い形状になる。また、幅も広くなるので、慎重に測定する必要がある。
 オリンパスのWeb上では測定範囲が1600nm程度までのものと10000nm程度のベレックコンペンセータが掲載されている。また、ニチカのWebでは訳1800nmまでのものが掲載されている。有機物は後述するように、Δnの分散がコンペンセータの素材とはかなり異なるため、リタデーションが大きくなると補償は完全からほど遠い状態になる。有機物を使う限りは、10000nmまで測れるものの出番は少ないだろうと思う。


コンペンセータの回転角とリタデーションの大きさ




図 2 回転角とリタデーション

図2にコンペンセータの回転角とリタデーションの関係を示す。回転角とリタデーションの間の関係式には、幾つかのバリエーションがある。オリンパスのWebサイトに掲載されている式は.



ここで、neとnoはコンペンセータに用いている複屈折物質の異常光と常光の屈折率である。
2番目の式は坪井の「偏光顕微鏡」の中にある、リタデーションと入射角の関係式で次の形をしている。.


オリンパスの式に比べると随分と簡単なものだが実際のカルサイトなどの値をいれてグラフを描くと、実質的にオリンパスの式と同じ曲線が得られる。
3番目のものは、角度に対する複屈折量の物理的な背景はなしの単純な実験式で次のような形状をしている

この式なら、ベレックコンペンセータに使われている複屈折物質が何であるかが分からなくても、パラメータの値を決めることが出来る。この式もオリンパスや坪井の式と問題なく重なる曲線を作り出すことができる。

 ベレックコンペンセータをメーカーから買うと、それぞれのコンペンセータ毎の補正係数が記されたデータシートがついてくる。これは、コンペンセータの係数がコンペンセータの板厚に依存するためで、平行平板の研磨は行われていても、板厚は厳密には揃えられていないために、コンペンセータ毎の係数が異なっているようだ。補正係数のデータシートは、対応する製品にのみ有効なので、異なる組み合わせで使わないように気をつける必要がある。
 コンペンセータを中古で入手した場合や、データシートの管理が悪い場合には、コンペンセータが単体で存在して、データシートが存在しないという状況も発生する。このような時は、あきらめて、自分で係数を決める必要がある。係数を決める手法は単純なもので、リタデーションが既知の位相差板をデータシートのないコンペンセータで測定して、その時の読みから、上記の式を未知数を決めればよい。三番目の式では未知数が3つあるので、複数点での測定が必要となるが、オリンパスの式や坪井の式では、常光と異常光の屈折率も未知数であるが、使われている物質は方解石かフッ化マグネシウムで、Z’軸の方向でどちらが使われているかは想像つくので、実質的に未知数は1個となるため、1点測定でも最低限の値は得られる。
 リタデーションが既知の位相差板としては、偏光顕微鏡に付属のλ/4板や鋭敏色板(R=530nm)を用いることが出来る。上に記したように、リタデーションが小さいと、消光が線ではなく点に近くなったり、黒い領域の幅が拡がったりするので、鋭敏色板を用いた方がよい。
 


Effect of Dispersion on Measurement

 屈折率には波長依存性(分散)があり、一般に短波長側ほど屈折率が高くなる。当然、複屈折(Δn)にも分散がある。コンペンセータの素材と、測定対象の分散が異なる場合には、コンペンセータによる補償は不完全となる。リタデーションが小さい場合には、両者のずれは目立たないが、リタデーションが大きくなり、可視光の範囲で光の強弱が複数回変化するような状況になると、Δnの分散の違いは極大や極小位置の相互のずれを引き起こしてしまう。ベレックコンペンセータの補償板は方解石などの無機物で作られているため、分散が大きくは異ならない無機物を対象とする場合には、リタデーションがそこそこの値でも十分に補償が行われて、消光状態が観測できるが、液晶のように方解石とはかなり異なった分散を持つものでは、まったく違った結果になる。
 図3にナトリウムのD線でリタデーションが2000nmの水晶板を、方解石のコンペンセータを使って補償した時の色調変化のシミュレーションを示す。



Fig. 3 Compensation Simulation of Quartz plate with retardation of 2000 nm by calcite

図からも分かるように、2000nmで色調は黒くなりもっとも暗くなっている。消光した読みから両側に500nm程度ずれたあたりは、鋭敏色の赤紫が少し非対称に見えている。非対称性は、水晶と方解石の分散が少しばかり異なっていることから生じている。
 それに対して、液晶では状況は大きく異なってしまう。図4に5CBのネマチック相を対象に方解石のコンペンセータで補償を試みたシミュレーションの結果を示す。図左の数値は図3と同様にナトリウムのD線でのリタデーション値である。試料のリタデーションが750nm程度までは、正しい値のところがもっとも暗くなっている。しかし、リタデーションが1000nmに達すると、1000nmの他に1500nmを越えたあたりの極小値も同様に暗くなってしまい、どちらが正しい読みかの判断は困難になる。1250nmを越えると、もはや正しい値より、それより一つリタデーションが大きいところの極小の方が暗くなっており、目視では完全に読みを誤るであろう状態となる。


Fig. 4 Compensation of 5CB by Calcite

単色フィルターを使うと原理的には、複数ある極小の明るさが同じになるはずだけれども、顕微鏡についている緑色フィルターは、透過域が広いので、その範囲での分散の影響が出てしまう。図5はニコンの顕微鏡に付属している干渉タイプの緑色フィルターの実際の透過スペクトルを用いて計算した例だが、リタデーションが大きくなると、本来の補正値より一山先の谷で強度が最小になってしまっている。

 
Fig. 5 Compensation of 5CB with green filter

 5CBよりもΔnの分散がより大きいMBBAでは、状況は更に悪化する。図6にMBBAのコーシー係数を用いて計算した分散を使ったシミュレーションの結果を示す。MBBAの場合は、リタデーションが500nmで本来の位置と一山先の谷が同じ程度の明るさになり、750nmではそちらの方が暗くなっている。さらに、リタデーション1750nmでは、2山先の谷がもっとも暗くなってしまっている。MBBAはシッフ塩基を含み僅かに黄色に着色しているが、同じようにシッフ塩基を含み、着色のある材料のリタデーションをベレックを使って求める時には、大いなる注意が必要である。


Fig 6. Compensation of MBBA by Calcite