タイトルイメージ 本文へジャンプ

偏光顕微鏡の照明

はじめに

  生物顕微鏡の標準的な照明方法はケラー照明です。ところが、鉱物系の偏光顕微鏡の書籍にはケラー照明という言葉は出てこず、代わりにオルソスコープの照明方法とコノスコープの照明方法が紹介されています。ここでは、両者の関係と、液晶観察では、どのような照明方法が望ましいのかを考えることとします。

生物顕微鏡の照明

  生物系の顕微鏡では、「ケラー照明」が標準的な照明方法です。ケラー照明は照明範囲と照明光のNAを独立に制御でき、試料面での照明強度の均一性が高い照明方法です。

 ケラー照明では、光源とコンデンサーの照明側焦点面に設置されている開口絞が共役面に、そして、視野絞りと試料面がもう一組の共役面になっています。視野絞りと試料面が共役なので、視野絞りの開閉により試料面での照明範囲が変化します。また、開口絞がコンデンサーの照明側焦点面なので、開口絞により照明のNAが調整できます。視野絞り面では光源の様々な箇所からの光が混ざっていますから、明るさのムラは少なく、試料面での像も明るさのムラは少なくなります。

 対物レンズ以降では、開口絞と対物レンズの後ろ焦点面、接眼レンズの上のアイポイントが共役面となります。視野絞りの共役面は、試料面、対物レンズによる実像結像面、網膜面となります。

 生物顕微鏡の本にはケラー照明以外にクリティカル照明と散光照明の2つが紹介されています。クリティカル照明は、光源と試料面とが共役面になる照明方法で、明るさは取れ、NAも大きくとれます。しかし、光源面と試料面が共役になっているので、光源がタングステンランプの場合は光源のフィラメント像が観察試料と重なってみえてしまいます。。散光照明は、コンデンサの集光位置が試料面のかなり下方にあり、試料面では大きく広がっているような照明です。明るさの、均一性は高いけれども、低NAで光量が低めの照明となります。集光レンズなどを使わずに光源光で直接照射するのも散光照明の一種です。

 生物系の研究で偏光顕微鏡を使うのは、透明な構造体を可視化するためで、分解能も必要なので、通常の明視野観察と同様の高いNAのケラー照明を用いる必要があります。後述するように偏光色は照明光のNAに依存して変化してしまうことがありますが、生物系の観察では、小さなOPDで無色彩の試料を可視化するために偏光を用いるので、色調変化は問題とはしないようです。

鉱物系の照明

 鉱物系の偏光顕微鏡の教科書には、2つの照明方法が記載されています。一方はオルソスコープ観察用の照明で、これはNA=0の平行光線での照明が推奨されています。もう一つはコノスコープ観察用の照明で対物レンズと同程度の高NAでの照明ですが、それがケラー照明なのかクリティカル照明なのか、それ以外の何かなのかについては解説されているのを見たことはありません。


 例えば、坪井の「偏光顕微鏡」はハネノケ式コンデンサのニコンのPOH型を念頭に記されていますが、オルソスコープでは上玉をはずし、コノスコープでは上玉をいれるとされています。上玉を外した状態では、照明系のNAが最大でも0.2程度で焦点位置はステージ上面よりかなり上になります。上玉を入れると、NAは0.9程度までは取れるようになり、焦点位置はステージ上面から1mm程度のところになります。

 上玉を外した状態では、照明装置の視野絞りの位置を工夫しても、視野絞り像をステージ上面付近に形成することはできず、ケラー照明とはなりません。また、仮にケラー照明が実現できたとしても、上玉を外した状態ではコンデンサのNAが低い照明にしかなりません。

 オルソスコープ観察は低NAの照明で行うものとされているのは、複屈折物質では、垂直入射光と斜入射光では光路長も、複屈折も異なっているので偏光色が異なってしまうためです。NAの大きな照明光を使うと、いろいろな偏光色が混ざり、試料に特徴的な色彩がよくわからないものとなってしまうのです。

 一方、コノスコープ観察は試料をいろいろな角度で通過した光の、それぞれの角度でのOPDに対応した偏光色を観察するものですから、照明光のNAは対物レンズのNAと同程度の大きさである必要があります。

 図に、同じ試料を低NAと高NAで観察したときのコノスコープ像(左)とオルソスコープ像(右)を示します。


図:低NA照明でのコノスコープ(左)とオルソスコープ像。

  低NA照明では、コノスコープ像で見られる色彩はほぼ単色で、オルソスコープ像も同じ色味となっています。


図:高NA照明でのコノスコープ像(左)とオルソスコープ像。

 高NAのコノスコープ像では中心部の色とは異なる色が中心からずれたところに見えています。そして、オルソスコープ像は、このスコープ像のすべての色味を重ね合わせたものとなるので、色彩としてニュートラルに近い色味になってしまっています。

 分解能のために、照明のNAを高くしてしまうと、色味が偏光色図表とは直接比べられないような色調となってしまう危険性があるのです。
 

液晶の組織観察の照明

 生物系と鉱物系の照明は上述にように根本的に異なったものです。では、液晶系の照明はどのようにすべきでしょうか。液晶の組織観察の照明で注意すべきことは、斜入射光による見え方のずれを起こさないようにすることです。

 ネマチック液晶など、光学的1軸性の棒状分子液晶の水平配向セルの場合は、ダイレクターと顕微鏡の光軸で規定される面内の斜入射光は、光路長が増加する一方で複屈折は小さくなるのでOPDも減少します。それに対して、ダイレクターに垂直な面の斜入射光は光路長の増加し、複屈折は変化しないのでOPDが増加します。OPDが増加する方向と減少する方向の色味が重なりますので、スペクトル幅が広がって色純度は低下しますが、NAがかなり大きくなければ色味が大きく変化することはないと思います。

 一方、SmCA相のようにはっきりとした2軸性の場合は、斜入射光の影響で色味が大きく変化する可能性があります。また、1軸性でも、分子が基板に垂直から少し傾いた程度の場合には状況が大きく異なります。垂直配向したSmA相がSmC相へ2次転移する場合を想像してください。SmC相への転移にともない分子長軸の向きが顕微鏡の光軸から傾き、平行光線による照明ではシュリーレン組織が観察されるようになります。しかし、照明のNAがSmC相でのチルト角より大きいと、シュリーレン組織のコントラストが低下するだけでなく、4本ブラシの欠陥が、あわい2本ブラシに見えるようになります。

 こうしてみると、液晶の組織観察でも、鉱物観察と同様に、低NAの照明の方が望ましいように思われます。では、ハネノケ式コンデンサの上玉を外して、散光照明でよいのかというと、照明範囲をきちんと限定したい場合があり、そのために、ケラー照明が望ましい場合もあります。具体的には、低OPDの薄膜の観察で、観察部以外の領域からの散乱光が観察を阻害する場合には、照明範囲を絞る必要があります。
 通常のハネノケコンデンサでケラー照明をするには、上玉をいれればよいのですが、そうすると、コンデンサの作動距離は1mm程度となり、ホットステージを併用する場合にはケラー照明は行えません。ほっとステージを用いてケラー照明を行うためには、ホットステージに対応した長作動コンデンサが必要になります。例えば、メトラー社のホットステージではホットステージ下面から試料接地面まで15mmありますので、スライドガラスの厚みも考慮すると、作動距離が16mm程度以上あるコンデンサが必要になります。
 

コノスコープ観察とケラー照明

 ケラー照明を鉱物や液晶観察で使う倍にはもう一つの問題があります。次の写真は、ケラー照明とクリティカル照明でのオルソスコープ像とコノスコープ像です。


図:ケラー照明とクリティカル照明の像
 ケラー照明では、オルソスコープ画像はムラの少ない照明になっています。一方クリティカル照明では像に光源フィラメントの像が重なってしまいます。一方、コノスコープ像は逆にケラー照明だと光源像が重なり、クリティカル照明では均一になります。図に示すように、コノスコープ画像はベルトランレンズにより対物レンズ後ろ焦点面の画像を観察しているのですが、この位置はケラー照明では光源像ができる位置となっているためです。

 このスコープ像でのムラをなくすためには、ある程度の面積がありムラのない光源を使うか、照明光学系の途中に拡散フィルターを入れるようにする必要があります。

 copyleft 20XX 非「科学喫茶」 all rights  reversed. >