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液晶観察用対物レンズ

はじめに

  ニコンにもエビデントにも名称にLCDが付いた液晶セル観察用の対物レンズがあります。ところが、これらの対物レンズを使っている液晶研究者をほとんど見たことがありません。では、これらのレンズはどこで使われているのか、そして、液晶の研究に使うとよいことがあるのかについて勝手な推測を展開します。

補正環付き対物レンズ

顕微鏡の対物レンズは、特定の観察条件下で収差補正が行われています。例えば生物用対物レンズの多くは、厚さ0.17 mmのカバーガラス越しの観察に最適化されていますし、金属顕微鏡用対物レンズはカバーガラスなしの観察に最適化されています。最適化された観察条件以外での観察では、球面収差が悪化して、像に滲みが生じてしまい、実効的な分解能も低下してしまいます。特にNAの大きな対物レンズでは条件のずれの影響が大きく、例えばNAが0.95程度のレンズではカバーガラス厚が設計値と0.01 mmずれただけで無視できない像の劣化が生じるとされています。

異なる厚さのガラス板越しの観察でも像の劣化を抑えた観察ができるのが補正環付き対物レンズです。液晶セル観察用対物レンズも補正環が付いた対物レンズです。補正環は本体についた目盛りのついた回転する環です。補正環付き対物レンズは、用途により大きく3種類に分類できるかと思います。

1番目はNAが大きく倍率も40倍程度以上のアポクロマートやセミアポクロマートレンズで、カバーガラスの厚さのばらつきに対応するもので、補正環の対応硝子厚は0.11〜0.22mm程度です。2番目は倒立顕微鏡でシャーレに入った試料を観察するのなどに用いる作動距離の比較的長い対物レンズで、硝子厚の対応範囲は0〜2mm程度です。そして、3番目は特定の用途に合わせたもので、CDなどの光ディスクの観察用途や、液晶セルの観察を念頭に置いたものです。

液晶用補正環レンズの使われている場面

液晶セル用対物レンズですが、液晶パネルの製造現場で検品などの現場で使われているようです。でも液晶パネル内の液晶は配向制御されたもので、はでな欠陥構造があるとは思えません。どうやら、液晶観察ではなく、セルの電極やらトランジスタの確認に使われているのではないかと思います。ただ、とあるメーカーのエンジニアの方から伺ったのですが、顕微鏡のメンテナンスを依頼された現場で、補正環の設定厚みが使用されている硝子厚と違っているのに気が付いて修正しようとしたら、厚みが違った状態で、検品基準を決めているので、見え方が変わると基準が狂ってしまうので、修正しないように指示されたとのことで、補正環付きの対物レンズを使っていても、必ずしも正しく使っている現場だけではないようです。

補正環の設定

補正環が正しく設定されていない状態で使われてしまうのは、使用者が何がより良いかが分かっていないと、正しい調整ができないためです。より良い状態がどのような物かを文言で説明するのは困難なので、実例で示すことにします。

対比に用いたのは有限系の金属用長作動距離40倍対物レンズ(NA0.5)と同じく有限系生物用長作動対物レンズ(NA0.55)です。液晶観察用対物レンズの持ち合わせはあるのですが、対応する無限遠系の鏡筒がないので、有限系で話を進めます。金属顕微鏡用の長作動対物レンズは無限遠系にも存在していて、ホットステージとの組み合わせではよくつかわれるものではないかと思います。生物用の長作動対物レンズは、作動距離が市販のほっとステージには不足するので、使用するためには、ホットステージの自作が必要です。

観察対象はミクロワールドサービスだんの珪藻標本です。ミクロワールドさーじすさんではいろいろな珪藻プレートを販売していますが、分解能の確認に用いるのでしたら、分解能確認用のテストプレートか鑑賞用のJシリーズとなります。これらのプレートは珪藻がカバーガラスと密着しており、また、カバーガラスも標準厚のものを使っているので、補正環のついていない、生物用の40倍(カバー硝子厚0.17mm指定)で観察した像が、その対物で観察できる最良の像であるからです。何がベストか知らなくても、自動的にベストの状態が観察できるのです。

まずは生物用対物で、カバーガラス面から観察した画像です。この対物レンズは硝子厚0〜2.5mmの範囲での調整が可能ですが、カバーガラス厚0.17mmに適合するように調整しています。

生物表面

図:生物用対物表面からの観察

続いて、金属顕微鏡でカバーガラス面から観察した画像です。

金属表面側

図:金属顕微鏡対物表面画像

金属顕微鏡用の対物レンズは、カバーガラスを用いないで観察する設計となっています。このため、カバーガラス越しの観察では球面収差が発生して、画像の滲みが生じます。生物用と比べると線が滲んで幅が広くなっていたり、隣接する点のコントラストが弱くなっているのが見て取れます。

続いて、珪藻プレートをひっくり返してスライドガラス側からの観察です。スライドガラスは1mmほどですから、対物レンズの使用条件からさらなる逸脱になります。実験室でもこの程度の厚みのスライドガラスやITOガラスを使ってセルを作ることが多く、また、ホットステージの窓越しの観察でありますので、液晶の実際に観察条件に近い状況であるかと思います。

まず、金属用対物での写真を2枚示します。2枚でピント位置を変えています。

金属裏面1

 

金属裏面2

図:金属顕微鏡用対物でスライドガラス面から観察(2葉)

 

カバーガラス面からの画像と比べて滲みが大きく像の劣化が激しいことが見て取れます。上下の写真で下の写真の方が左右に見えるドットの分解はよい一方で、中心を盾に走る線は上の写真の方がコントラストも高くはっきりしています。これを単純に解釈すると、細かいドットと中心線は異なる深さのところにあるので、ピント位置が異なるという話になりかねないのですが、カバーガラス面からの写真で分かるように、両者はほぼ同じピント位置にあります。ずれて見えてしまうのはNAの小さな入射光(粗大な構造形成に寄与する)とNAの大きな入射光(微細構造形成に寄与する)が球面収差により結像位置が異なってしまっているためです。ピント位置によって見える構造が変化したからといって、セルの中心と端で異なった周期構造があるなどと主張してはいけないのです。

続いて、生物系の対物レンズでスライドガラス面から、きちんと補正して観察した画像を示します。

生物スライドガラス側

図:補正環つき生物用顕微鏡、スライドガラス側からの観察

金属顕微鏡の画像とは違い、カバーガラス面からの像と遜色ない像が観察できています。もちろん、そのためには、補正環の調整が必要で、補正環が正しく調整されていなければ、滲んだ画像となってしまいます。

液晶の研究現場で補正環つき対物レンズが使われているのを見たことは、ほぼありません。そもそも、ホットステージに対応できる補正環つき対物レンズが存在していないことが最大の理由ではありますが、それ以外に、液晶の組織が比較的コントラストが高く、微細な構造が重要でないためもあるかとは思います。とはいえ、微細な構造を現状よりよく観察したい時には補正環付き対物レンズの使用がよい手法であろうと思います。

 

 

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