地上での色つきシャボン玉
2010年ごろ、地球上では作ることのできない色のついたシャボン玉を宇宙で作るという話がありました。それに対して地上でも色のついたシャボン玉が作れるという声が上がっていました。調べてみると2009年ごろには色のついたシャボン玉を作れるシャボン液が米国で市販されていていました。また、自分で試してみたところ、市販のシャボン玉液に食用色素を適当に溶かした液で赤いシャボン玉ができることも確認しました。
自分で色付きシャボン玉を試してみて分かったことは、色付きシャボン玉は作れるけれども、破裂したときに付近が赤く染まるので、赤く染まっても大丈夫なところでやらないと、後始末が大変ということでした。そのため、一度試したあとは、そのまま放置となりました。ちなみに米国のシャボン液は、服についても色がなくなるのがセールスポイントだそうで、それなら、安心して色付きシャボン玉遊びができそうです。
2010に試した時は市販の液に色素を秤量もせずに混ぜただけで、きちんとしたデータは取っていません。その記録はブログに上げてあるのですが、例年、夏休みの時期にはアクセスがある記事になっています。しかし、ブログの記事には、濃度情報などは記載できていません。そこで、もう少しきちんと、色付きシャボン玉について取り扱ってみることにしました。
色素には食用色素赤色102号を用いました。いわゆる食紅です。これは、12年前に買い込んでしまった品で、まだ49g以上は残っていると思います。色付きシャボン玉を作るには、少量で十分なので、この量があれば、数百から千回以上は色付きシャボン玉遊びができるかと思います。もっと少量の家庭用の食紅もあるのですが、家庭用の食紅は色素の含有量が1割程度で、あとは無色の粉が混ぜてあります。このため、同じ色調をだすのに100%色素の品より10倍近くの量が必要となってしまいます。このため、色を濃くつけたい用途には適していません。
食用赤色102号の別名はニューコクシン( New Coccine, Ponceau
4R)で、次の図の様な化学構造をしています。
アゾ基が含まれていると、思わずフォトクロミック特性が気になってしまうのですが、ざっとWebを漁った限りでは光異性化に関する記述は見つけられませんでした。ニューコクシンは水溶性の色素で、温度は不明ですが、100mLの水に18g弱溶解するようです。
どの程度の濃度にすれば、十分に色のついたシャボン玉になるのかを検討するために、溶液のスペクトル測定を行いました。溶液の初期濃度は0.1 g/100 mL(0.1
wt%)としました。
左が0.1
wt%、右がそれを1/128に希釈した液です。薄めると色味が淡くなります。定量的に評価するために、透過スペクトルを測定してみました。測定に用いたキュベットの写真を次に示します。
0.1
wt%の方はビーカーと色味があまり変化していませんが、1/128の方は色が薄くなっているように見えます。中間の濃度も含めた透過スペクトルを示します。
吸収の強さの議論にあたっては透過スペクトルより吸収スペクトルの方が適しています。吸光度(A)は透過率(T)の常用対数にマイナスをつけたもので、吸収がないと吸光度は0、透過率0.1(10%)で1、0.01(1%)で2となります。式で表すと次のようになります。
吸光度は物質量に比例します。今の場合でしたら、吸光度は「濃度×試料厚」に比例します。吸光度を求めておけば、長さ1cmのキュベットを用いた測定で、厚さが数ミクロン以下のシャボン膜ではどのような吸光度になるかが正確に予測できるのです。
透過率を吸光度に変換したグラフを次に示します。
グラフを見ると1/128倍濃度から1/16倍濃度までは同じような形状のスペクトルになっていますが、1/8倍やそれより濃い濃度だと吸収ピーク付近が頭打ちになっているように見えます。その時の吸光度は3程度ですので、透過率に直すと、0.1%=1/1000となります。用いた測定装置は、約4000カウントが最大値ですので、その1/1000となると、4カウントで、これは、測定のばらつきやオフセットレベルですので、まともに測定できていないのも納得できるところです。
1/128倍濃度から1/16倍濃度について、横軸に濃度、縦軸に吸光度の最大値をプロットしてみました。破線は原点をとおるような近似曲線で、確かに吸光度のピーク値は濃度に比例しています。近似曲線より比例係数をもとめたものがグラフに記載されています。
さて、目標とするシャボン玉の色味定める参考として、1/16、1/32、1/64希釈液をキュベットに入れた写真を用意しました。眺めた印象では1/64倍希釈では色味が淡く、1/32倍希釈なら、十分に着色して見えていると思います。ですので、1/32倍の色味を目標にすることにします。
さて、光路長1cmのキュベットで求めた、濃度と吸光度の関係式の厚み単位をマイクロメートルに変換することにしましょう。1
μmは1/10000 cmですので、もとめた関係式の係数を1/10000にすれば、マイクロメートル単位の吸光度と濃度の関係式が求まります
y=4.3 x
式より、x=1、つまり濃度100%なら、厚さ1μmで吸光度ピークが4.3になります。でも、濃度1ではシャボン玉にはなりません。色素の水100gに対する溶解度が18g弱でしたので、その半分強の10
%、すなわちx=0.1のシャボン液なら、厚さ1μmで吸光度ピーク値は0.43、これは、1/64希釈の色味より薄くなってしまいますが、膜厚が3μm程度のシャボン玉を作れれば、1/32希釈程度の色味のシャボン玉が出来そうです。
話は少しそれますが、ここまでご覧になった方の中にはスペクトルを人間の目には見えない近赤外領域まで測定しているのを不思議に思った方もいらっしゃるのではないかと思います。色味の議論をするのでしたら、750nm程度まで測定してあればデータとしては十分で、800nmより長波長側を測定する理由はありません。それでも長波長側を測定していたのは、干渉パターンから膜厚が評価できるだろうと思っていたためです。シャボン膜の反射スペクトルは次式のようになります。
ここで、nは膜の屈折率、n0は空気の屈折率。そしてdが膜厚です。空気の屈折率は1で、シャボン液の屈折率は水と同じとすると、1.33程度です。式は反射率ですので、1から反射率を引けば、透過率が求まります。試しに膜厚を3μとして透過スペクトルを計算したのが次のグラフです。
色付きシャボン膜では600nm付近より短波長は吸収により光が透過しませんので、上に示したような干渉による構造は見られませんが、近赤外領域は透明なので、干渉構造が見られ、その周期から膜厚も求めることを予定していたのでした。そこで、色付きシャボン玉のスペクトル測定前に、透明なシャボン玉の透過スペクトルを測定して、膜厚評価が可能かを確認することにしました。測定結果を次に示します。
図中のギザギザのない線は、膜厚を215nmとした計算値で、一つの測定データとよく一致しました。ところが、多くの測定データはピーク値が1に達しなかったり、振動がはっきり見えなかったりと、きちんとフィッティングすることが出来ないものでした。どうやら、透過スペクトルから、膜厚を評価するのは難しいことがわかりました。干渉構造がきちんと出ないには、おそらくは、測定領域で膜厚が不均一であるためだろうと考え、反射顕微鏡でシャボン膜を観察してみました。
2つの写真を示しますが、上と下とでは異なるシャボン液を用いています。写真は5倍の対物レンズを用いて撮影したものですので、写真の横幅は、4mm弱で透過測定の光のスポットより小さいくらいなのですが、いずれも、色調が均一ではなく、膜厚に分布があります。測定で振動構造が出たものがある方が、逆に驚きかもしれません。
下の写真に用いた液は、膜を張った直後から、黒く見える領域が広がってしまい、また、グレーの中心が明るい円形の構造が出現してしまいました。黒く見える領域は、膜厚が極めて薄くなっている部分で、それに対して円形構造は液がたまってレンズ状になっている部分であろうと推測できます。黒く見える領域では膜厚が薄くて、色素を含ませても色がつかないでしょうし、また、レンズ状の液滴ができるのも、好ましくないように思えたので、上の写真のシャボン液を用いることとしました。s
色素濃度10%のシャボン液を目標に、9.3gのシャボン原液に色素0.99gを投入してみました。
赤というよりどす黒い感じとなりましたが、縁のあたりは赤みが見えます。溶液のスペクトルを測定するセットアップがあるので、シャボン膜のスペクトル測定も試みてみました。0.5mm程度厚の塩ビ板に直径10mmの穴をあけ、そこにシャボン膜を張って、透過測定を行いました。
測定ごとにスペクトルにばらつきが生じました。代表例を2つお目にかけると、いずれも吸光度ピークは1をこえていますので、膜厚は2μ程度以上はありそうです。一方のスペクトルが、600nmより長波長に裾をひいていますが、これは、膜が乾いて色素が析出して散乱を起こしてしまったためではないかと思います。
吸収スペクトルの形状は色素溶液と似てはいるのですが、ピークの長波長側にわずかですが肩が見られるなど、違いもあります。次に、シャボン膜と溶液のスペクトルをピーク値を1に規格化してそろえたものをお見せします。
溶液に比べて、シャボン膜の方がピーク位置が短波長にずれています。膜のスペクトルは、膜を水平に張ったものでも、垂直に張ったものでも一致はしています。いずれも、溶液スペクトルよりピーク位置が短波長側にシフトし、550nm付近に膨らみが見えています。吸収スペクトルの変化は、溶媒が異なっているためか、何らかの分子会合が生じているためかのどちらかなのですが、単純なシフトではなく、肩構造も出現していることを考えると、会合体が生じたのかななどととりあえずは考えています。
細かい話はさておき、とりあえず、シャボン玉遊びをすることにしました。色を濃くするには、シャボンをあまり膨らませなけれよいのですが、そうすると、大きさの割には重くなって、すぐに地上に落下してしまいます。カメラを持ち出す暇はなく、また、カメラのオートフォーカスがシャボン玉ではなく背景に引きずられてしまったためピンボケの山で、ようやくそれらしくとれたのが次の写真です。
数年前には、これよりまっとうな写真も撮れているので、写真撮影に関しては、再度挑戦する必要がありそうです。が注意したにも関わらずズボンに赤いしみができていますので、タイベックのつなぎでも用意してからにした方がよさそうです。ところで、写真のシャボン玉の膜厚ですが、1μ程度以下かと推測しています。光はシャボン玉の裏面と表面側で2回膜をとおりますので、1μ程度あれば、2μの1枚の膜と同じだけの吸収となりますので、目標とする厚さは上の方に記した値の半分で大丈夫なのでした。
とりあえず、シャボン玉写真の打率向上と、赤色以外のシャボン玉を検討中です。
市販されていた色つきシャボン液
色つきシャボン玉で検索すると、Zubblesという色つきシャボン液がヒットします。米国製で2010年ごろには日本でも市販されていたのですが、現在では日本国内だけでなく米国でも販売していません。
Zubblesの売りは、シャボン玉を吹く時点では色がついているのだけれど、シャボン玉が割れて飛び散ったり衣服について割れた後では自動的に無色になることです。開発者はTim
Kehoeで、子供向けのおもちゃの発明家兼児童書作家のようです。彼はZubblesの前に水洗いで色が落ちるシャボン液を開発したのですが、評判が悪く、化学者の協力をえて、自動的に無色になるシャボン液を開発したそうです。
Zubblesは2005年に完成したのですが、商品化されたのは2009年ごろのようです。しかし、2014年にKehoeが亡くなってしまい、おそらくはそれが原因で会社が存続していないと思われます。
シャボン液が自動的に脱色する機構は、色素分子の化学変化によるもので、色素中のラクトンという部分が環状構造を保っている間は着色しているのが、開環すると吸収ピークが単波長シフトし、見た目は無色になるのを活用しています。Web上の紹介記事では、シャボン玉が弾けると瞬時に無色になるような印象を与える記述がありますが、メーカーのWebの魚拓(zubbles.comにアクセスしようとすると、ブラウザから危ないとの警告がでました。どうやら、別のサイトになっているようですので、必ず魚拓にアクセスしてください。英語版Wikipediaから魚拓へのリンクがあります。)のQ&Aでは、結婚式で使えるのかという質問に対して、花嫁ドレスがカラフルになるので、勧められないとの記載があり、決して瞬時に無色になるものではないことが分かります。また、商品の発売時点では、ブルーとピンクのものしか存在していませんでした。
Zubblesについては英語版のWikipediaの記事がもっとも参考になると思います。
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