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小国民のために

概要

岩波書店から戦前から戦後にわたり刊行されていた一連のシリーズ。戦前は1941年から44年にかけて13冊。戦後は1951年に刊行を開始し、1954年までで10冊が出版されている。内容は広く理工系にまたがっている。また、著者は分野で実績のある人が選ばれている印象でそれぞれの分野に対して網羅性の高い内容が多い印象がある。

本の作成にはいくつかやり方があったようで、中谷の「雷の話」は中谷が対象年代の児童に口演したのを文字起こしをしたものをリライトしたようだし、大塚の「ヤマハどうして出来たか」は大塚が弟子の杉村に語ったところによると、大塚の原稿を随筆家の小堀杏奴が大幅にリライトしているらしい。

シリーズ名として「小国民」という言葉が用いられている。第2次世界大戦敗戦まで使われているのは当然として、敗戦から5年以上経過した戦後刊行のものでも(国の時が旧字体から新字体になっているとはいえ)、そのまま使われており、さらには、1971年まで再販されたのが確認されるのは小国民という用語が、「年少の皇国民」という意味と認識されている今日的な感覚からは意外な感じもする。岩波書店の刊行物で使われ続けていたということは、太陽の塔をシンボルとした万国博覧会のころまでは、小国民という言葉は単純に年少の国民を意味する言葉としても使われていたのかもしれない。

以下に刊行されたものの初版年月、著者、書名、分野をまとめて示す。リンクがあるものについては、別頁にて内容の紹介を行っている。

  1. 41/12,中谷宇吉郎「雷の話」, 気象地学
  2. 41/12,有馬宏「トンネルを掘る話」, 工学
  3. 41/12,日高孝次「海流の話」, 気象
  4. 41/12,内田清之助「渡り鳥」, 生物
  5. 41/12,宇田道隆「海と魚」, 気象生物学
  6. 42/06,武藤勝彦「地図の話」, 工学
  7. 42/06,末広恭雄「魚の生活」, 生物学
  8. 42/07,大塚弥之助「山はどうして出来たか」, 地学
  9. 42/07,小幡重一「音とは何か」, 物理
  10. 43/05,矢野宗幹「蟻の世界」, 生物
  11. 43/06,中谷宇吉郎「寒い国」, 環境
  12. 44/04,大村一蔵「石油」,  工学
  13. 44/07,平等恵了「落下傘」, 工学

  14. 51/12,長谷部言人「日本人の祖先」, 自然地理
  15. 51/12,増山元三郎「数に語らせる_-新しい統計の話-」, 数学
  16. 52/04,安芸皎一「洪水の話」, 気象
  17. 52/07,武藤勝彦「地図の話_改訂版」, 工学
  18. 52/07,細井輝彦「蚊のいない国」, 応用生物
  19. 52/10,関口鯉吉「私たちの太陽」, 天文
  20. 53/01,津田左右吉「日本の稲」, 応用生物
  21. 53/09,和島誠一「大昔の人の生活_-瓜郷遺跡の発掘-」, 考古学
  22. 53/09,小林秋男「電灯の話」, 工学
  23. 54/03,桑原万寿太郎「ミツバチの世界」, 生物

戦前に刊行されたもののでも、「石油」「落下傘」「音とは何か」以外は戦後の再版が確認されている。そして、1951までの再版は戦前と同じ旧かな旧字体だが、1951年以降には新かな新字体へと移行している。

刊行の言葉

刊行の辞は見当たらないが、それに代わるものとして編集部から、読者の父兄や先生に宛てた言葉が掲載されている。

父兄並びに先生方に   編集部

 この本は読者としえ国民学校上級生と中等学校一二年生とを予想し、正しい科学的知識を与えることを目標として編集されました。
 しかしtだしい科学的知識を与えるといっても、諸科学の原理的な問題をそのまま年少の方々に理解させるということは、もとより不可能であります。また徒に細目にわたる詳しい知識を注入することも、困難であるとともに無意義でありましょう。従ってこの種の本では、専門家のもつ科学的知識を平明化し簡単化するということが、どうしても必要であります。それだけに私共の最も怖れるところは、読者が、ここに与えられただけの知識を以て、取扱われた問題をすべて理解しつくしたかのように考えることであります。そのような誤解のしょうじないように本文中にできるだけ注意はいたしましたが、この点については父兄並びに先生方の正しいご指導に俟つところが非常に多いと存じます。
 なお、この本では科学的知識と科学的探究とを常に結び付けて理解させるように、特に務めてあります。学界で既に定説化した成果をただ平俗なものとして与えることが問題ではなく、経験を厳密に組織してゆく科学的思考を同時に体得させることこそ最も肝要だと考えるからであります。孤立して把えられた現象が一見関係なく見える他の事象と複雑に連関していること、個々の現象が普遍的な法則の下に一様に支配されていること、かかる法則が長い歴史を通じて次第に発見されて来たこと、―こういう事柄を読者の理解力の及ぶ限り明らかにしたいというのが、実はこの本の主眼であります。この点については、直接読書指導にあたられる方々によって私共の力の不足を補って頂くことが、一層必要であろうと思われます。
 私共の試みは、わが国の多難な次の時代を担当すべき今日の少年少女諸君に対する、大きな期待から生まれました。大きな期待から生まれたこの小やかな試みが、よき直接の指導と結びついて、許される限りの効果を発揮してくれることを切望してやみません。

戦後に再版されたものでは1951年までは上記の文章に「国民学校」→「小学校の」との変更を加えたものが使われており、1951年以降の新かな版では、上記の文章に以下の文章が加わったものとなっている。

私どものこの試みは、今から十年前、多難な次の時代を担当すべき当時の少年少女諸君に対する、私たちの大きな期待から生まれました。それ以来、戦前から戦時にかけて総計十三巻を刊行し、発刊の趣旨の一部はさいわいに実現いたしました。しかし敗戦後の今日、日本はいまやまさる困難に直面し、私たちの少国民諸君に対する期待は、十年前にくらべ、なおいっそう大きく、なおいっそう切実であります。私たちが、ここに既刊のものに加えて、新に興味ある主題をとりあげ、科学の方法に関する年少の諸君の理解を更に一段と深めようと試みるのも、やはりその期待からにほかなりません。 1951年12月

表紙デザインの変化

 表紙に描かれている文様も戦前版と戦後すぐの再版と1951年以降の版では異なっている。戦前の版では本右上には戦闘爆撃機が描かれている。

戦前

戦後すぐに版ではこの場所は米国製を感じさせる旅客機となっている。

戦後1

 

さらに1951年以降の版では旅客船に変更されている。

戦後2

 

 

 

 


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